はじめに
副業や個人事業を始めると、多くの方が悩むのが「どこまでが経費になるのか」という点です。「[副業の所得はどう考えるか]」の記事でも触れたように、所得は「収入−必要経費」で計算されるため、何が経費として認められるかは税額に直接影響します。
インターネット上では「これは経費になる」「これはダメ」といった情報が多く見つかりますが、断片的な情報だけで判断するのではなく、経費判断の”軸”を持ったうえで、ご自身の状況に置き換えて判断できるようになることが重要です。
この記事では、具体例を並べる前に、必要経費とは何かという基本的な考え方を整理します。判断に迷ったときの”軸”を持つことが目的です。
必要経費とは何を指すのか
所得税法では、必要経費を次のように定義しています。
「総収入金額を得るため直接に要した費用」および「その年における販売費、一般管理費その他業務上の費用」
簡単に言えば、必要経費とは「収入を得るために直接必要となった支出」を指します。
重要なのは、次の2点です。
業務との直接的な関連性 ・・・その支出が、収入を得る活動と直接的に結びついているか。
業務遂行上の必要性 ・・・・・その支出が、収入を得るために本当に必要だったか。
私生活の支出や、仕事とは無関係な出費は、たとえ結果的に仕事に役立ったとしても、原則として必要経費にはなりません。
「所得とは何か」の記事で説明したように、所得は収入から必要経費を差し引いて計算されますが、何でも経費にできるわけではなく、この「業務との直接的な関連性」が常に問われます。
”経費にできる・できない”は結果ではなく目的で考える
経費判断でよくある誤解は、「仕事に使ったかどうか」という結果だけで判断してしまうことです。
たとえば、次のようなものは仕事にも私生活にも使われることが多く、使った結果だけで判断することはできません。
- パソコン
- スマートフォン
- 自宅の通信環境
- 自動車
- 書籍
重要なのは、その支出をした目的が、収入を得るためだったかという視点です。
目的で判断する例
ケース1:パソコンの購入
- 副業のWebデザイン業務のために購入 → 経費になる
- 普段使いのために購入し、たまたま副業にも使った → 原則として経費にならない(または按分が必要)
ケース2:書籍の購入
- プログラミング技術書を業務スキル向上のために購入 → 経費になる
- 小説を趣味で購入し、たまたま仕事の参考になった → 経費にならない
このように、「何を買ったか」ではなく、「なぜ買ったか」が判断の軸になります。
家事関連費という考え方
仕事と私生活の両方で使う支出は、税法上「家事関連費」として整理します。
家事関連費は、次のように考えます。
業務使用部分のみを経費にする 仕事で使った部分と私生活で使った部分を合理的に区分し、仕事に対応する部分のみを経費とします。
客観的な基準で按分する 感覚ではなく、客観的に説明できる基準で按分します。
家事関連費の按分基準の代表例
| 費目 | 按分基準の考え方 |
|---|---|
| 通信費(スマホ・ネット) | 業務利用時間の割合、通話履歴 |
| 自宅家賃 | 仕事に使う部屋の面積割合 |
| 電気代 | 業務時間の割合、使用機器の消費電力 |
| 自動車関連費 | 業務走行距離の割合(走行記録) |
家事関連費の按分計算の具体例
| 項目 | 内容 | 計算例・ポイント |
| 自宅家賃の按分 | 自宅の一室(8畳)を仕事部屋として使用(自宅全体は40畳) | 家賃10万円 ×(8畳 ÷ 40畳)= 2万円を経費 |
| スマートフォン料金の按分 | 月額料金8,000円通話履歴等から業務利用30% | 8,000円 × 30% = 2,400円を経費 |
按分比率は「なんとなく」で決めるのではなく、面積・時間・利用記録などの客観的な根拠を残しておくことが重要です。
調査官も唯一の正解を持っているわけではありません。だからこそ、業務の実態を最も理解しているご自身が、第三者に合理的に説明できる基準を整えておくことが求められます。
領収書があれば経費になるわけではない
領収書はあくまで、支出があった事実を証明するための資料であり、それ自体が必要経費該当性を決めるものではありません。ただし実務上は、その支出の内容や目的を説明するための重要な手がかりとなるため、原則として保存が求められます。
つまり、必要経費かどうかは、領収書の有無ではなく、その支出が業務に直接関連し、収入を得るために必要なものであったかという点で判断されます。その結果、領収書があっても経費にならないことがあり得ます。
一方で、領収書がなくても経費として認められる場合もあります(ただし、支出の事実や業務との関係を、他の資料や記録によって合理的に説明できることが必要です)。
例えば、次のようなケースが考えられます。
- 現金での少額支出で、相手方から領収書を受け取れなかった場合
- 自動販売機での購入など、領収書の発行が想定されていない支出
- 交通費などで、ICカードの利用履歴を証拠として用いる場合
このような場合には、出金伝票やメモを作成し、
- 支出した日付
- 支出金額
- 支出の内容
- 業務との関係(目的)
を記録しておくことが重要です。
証拠書類として残しておくべきものの例
- 領収書・レシート
- クレジットカード明細
- 銀行振込記録
- 請求書
- 出金伝票や業務メモ(日付・目的・相手先など)
原則として必要経費と認められることが多い支出の例
ここでは代表的な支出を例として挙げます。これらは、業務との直接的な関連性や必要性が確認できる場合には、必要経費として認められることが多いものですが、いずれも個別の状況や使い方によって判断が分かれることがあるため、常に「業務との関係性」を確認することが重要です。
| 区分 | 内容の概要 | 実務上のポイント |
| 仕入・材料費 | 販売する商品の仕入れ、製作に使う材料など | 業務に直接必要なものは原則として経費になる |
| 外注費・業務委託費 | デザイン外注、プログラミング委託、記事執筆依頼など | 業務との関連性が明確であることが重要 |
| 通信費(業務使用分) | インターネット回線、スマートフォン料金、郵送費など | 私用と共用の場合は合理的な按分が必要 |
| 交通費(業務移動分) | 打ち合わせや納品のための移動費用 | 自家用車は走行記録を残すと説明しやすい |
| 消耗品費 | 文房具、用紙、インク、10万円未満の備品など | 業務専用であることが前提 |
| 広告宣伝費 | Webサイト制作、SNS広告、名刺、チラシなど | 業務内容との関連性が問われる |
| 書籍代・資料代 | 専門書、業界誌など | 趣味目的と区別できることが重要 |
| 会議費・接待交際費 | 打ち合わせのカフェ代、取引先との飲食 | 相手・目的・日時の記録を残す |
| 地代家賃 | 事務所家賃、自宅の一部を事業用に使用する場合 | 面積等による合理的な按分が必要 |
| 水道光熱費 | 事業所や自宅作業スペースの電気代など | 使用実態に応じた按分が必要 |
原則として経費と認められない支出の例
税法上、性質的に必要経費として認められない支出もあります。これらは、判断の余地がほとんどなく、原則として経費に算入することはできません。
| 支出の種類 | 内容 | 原則的な取扱い・補足 |
| 私的な飲食費 | 家族や友人との食事 | たとえ仕事の話が出ても、原則として必要経費にならない |
| スーツ・普段着 | 一般的な衣服 | 私生活でも着用できるため原則不可(業務専用の作業着・制服は可) |
| 罰金・反則金 | 交通違反などの罰金 | 業務中であっても必要経費にならない |
| 健康診断・医療費 | 個人の健康維持目的の支出 | 原則として経費不可(医療費控除の対象となる場合あり) |
判断に迷ったときの考え方
経費にできるかどうか迷ったときは、次のように考えてみてください。
1. この支出は、仕事をしていなくても必要だったか
→「はい」なら私的支出の可能性が高い
2. 仕事のためでなければ、あえて支出したか
→「いいえ」なら経費にしにくい
3. 第三者に説明したとき、業務との関係を説明できるか
→説明できないなら、経費として扱うのは慎重に
4. 税務調査で質問されたとき、合理的に答えられるか
→答えに詰まるなら、証拠や記録を整備するか、経費にしないほうが安全
これらに自信をもって答えられない場合、経費として扱うのは慎重に考えたほうが安全です。
裁判例・裁決事例から見る必要経費の考え方
必要経費の判断は、条文だけで明確に線引きできるものではなく、裁判例や裁決事例でも繰り返し争われてきました。実務上も、「条文上は判断がつかない」「グレーに見える」支出について、最終的に問題となるケースは少なくありません。
これらの裁判例・裁決事例に共通しているのは、 支出の名目や形式ではなく、その実質や目的を重視して判断しているという点です。領収書の有無や勘定科目といった形式的な要素だけで、結論が決まるわけではありません。
なお、本記事では個別事件の結論を紹介・評価することを目的としていませんが、必要経費の判断枠組みそのものは、
- 最判昭和56年1月27日(医師の交際費事件)
- 東京高裁平成17年3月30日判決(資格取得費用に関する事件)
- 家事関連費の按分が争われた国税不服審判所裁決
など、複数の裁判例・裁決事例において一貫して示されています。
裁判例で繰り返し示されている判断軸
| 判断軸 | 内容 | 実務上の見られ方 |
| 業務との直接的・具体的関連性 | その支出が、収入を得るための業務とどの程度直接的に結びついているか | 間接的・抽象的な関連にとどまる場合、経費性は否定されやすい |
| 支出目的の主たる内容 | 支出の主な目的が業務にあるのか、それとも私的な目的が中心なのか | 私的目的が主と判断されると、業務で一部使用していても否認されやすい |
| 私的要素の混入度合い | 私生活上の必要性がどの程度含まれているか | 私的要素が強い場合、家事関連費としても経費算入が難しくなる |
| 客観的な説明可能性 | 第三者(税務署・裁判所)に業務との関係を合理的に説明できるか | 記録・資料がない場合、説明が困難と判断されやすい |
なお、必要経費の多くは、これまで見てきたような「業務との関連性」「目的」「説明可能性」といった判断軸をもとに判断されますが、
中には、法律上あらかじめ取り扱いが定められているものもあります。
例えば、パソコンなどの高額な備品については、支出時に全額を必要経費とするのではなく、減価償却費として一定期間に分けて必要経費に算入することとされています。
また、貸倒損失や租税公課などについても、一般的な支出とは異なる考え方が設けられています。
これらの項目については、必要経費の考え方を踏まえたうえで、別の記事で個別に解説していきます。
事業所得と雑所得で経費の考え方は変わるか
「事業所得と雑所得の違い」の記事で説明したように、副業の所得は事業所得または雑所得として扱われますが、必要経費の基本的な考え方はどちらも同じです。
「収入を得るために直接必要だった支出」という原則は変わりません。
ただし、記帳・帳簿保存義務に違いがあるため、事業所得として申告する場合は、より詳細な記録を残しておく必要があります。
おわりに
必要経費は、節税のためのテクニックではなく、所得を正しく計算するための考え方です。
「経費を増やせば税金が減る」という発想ではなく、「業務に必要だった支出を正確に把握する」という視点が大切です。過度に経費を計上しようとすると、かえって税務調査のリスクが高まることもあります。
まずは、「収入を得るために直接必要だった支出かどうか」という基本に立ち返り、判断軸を持つことが大切です。
記録を残す習慣をつける
- いつ、何のために、いくら支払ったか
- 業務との関連性を簡単にメモ
- 領収書や証拠書類を保管
迷った場合の基本的な考え方
- まずは業務との関係性や支出目的を整理し、合理的に説明できるかを確認する
- グレーに感じる場合でも、記録や根拠を補強することで判断できるケースもある(チャレンジしてみる)
- 判断が難しい場合や金額が大きい場合は、専門家に相談することでリスクをコントロールする
定期的に見直す
- 年に1回、経費の計上基準を見直す
- 按分比率が実態と合っているか確認
次の記事では、「経費にできる・できない」で迷いやすい具体例を取り上げながら、より実務に近い形で整理していきます。
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